special:スペシャル

小説版「スマガ」第1巻試し読み

小説版「スマガ」第1巻の冒頭部分をドドンと掲載! ゲーム本編とは少し違った表現で語られる『スマガ』を体験せよ!!
15%体験版すらメンドくさいアナタも、これを読んで『スマガ』『スマガスペシャル』の予習だ!

26. 安全地帯

 たしかに、大学園という名に嘘偽りはないようだった。幼稚園から各種専門校まで、いろいろ一緒になった施設のようで、遠くを眺めても、キャンパスの端が見えない。一体、どれだけの生徒が通っているのだろうか? そんな学園が、今や市民の避難所と化している。老若男女、様々な人々でごった返し——奇妙な活気を呈していた。
 姿は見えないが、悪魔は恐ろしく強大だ。あんなものが襲ってきたら、ひとたまりもないだろう。だというのに、人々の表情には、不思議と不安の色が見当たらないのだ。石造りの通りには露店まで立ち並び、人々は、プラスチックパックに入った弁当やら何やらを手に談笑している。これでは避難所というより縁日のような……。
 不意に大地が揺れる。オレは思わず身をすくめる。街の遥か向こうに湧き上がる、土煙。
「悪魔が……墜ちたのか……?」
 だが周囲の避難民たちが恐怖に震える様子もない。多少、音の方向を振り返っただけ。またすぐに、おしゃべりを再開する。
「ホントに緊急時なんだよ……な?」
 不安がっているのは自分だけ。まるで世界からとり残されたような感覚。
 今、あの空では少女たちが命を懸けて戦っている。それはなぜだ。この人たちを守るためではなかったのか。なのに、そんなこと、全く知らないふうに……。
 そんな人たちの姿に耐えきれなくなって、一番手近な建物へ足を踏み入れるオレ。
 少しでも、彼女たちの近くにいたい、彼女たちのいる空に近づきたい、そんな衝動に導かれるよう階段を上がり——。

27. 悪魔を見るには悪魔の目が要る

 屋上では、一人の少女が、カメラを構えていた。向こうも気づいたのだろう。しかし、ちらりとこちらを見やっただけで、またすぐにカメラを構え直す。そのまま、シャッターを押しながら、「あなたは先程、魔女に助けられた?」と声をかけてくる。
 なぜ、それを知ってる? というオレの戸惑いを察したか、
「……ここから見ていました」
 そう言った。彼女の腕には腕章。“PRESS”の文字。
「おまえ、新聞記者——いや、新聞部……か?」
「日下部雨火。部長です。あなたはなぜ空から墜ちてきたんですか? 悪魔ですか?」
 こちらが質問に答えたのだから、今度は、そっちの番。そんな感じで彼女が言う。
「違う、と思う。オレ記憶喪失で……ホントのところは、わからないけど……」
「前からこの街に住んでたんですか? それとも天蓋の外から?」
「ぐれん……つぇん?」
 何というか、この世界は本当に独特の固有名詞が多い。
「——本当に記憶喪失なんですね。天蓋——グレンツェンというのは——」
 彼女の言葉を、悪魔の唸り声が遮った。
「悪魔が目覚めました」
 オレは彼女につられるよう、屋上から身を乗りだす。駅の辺りに、朦々と立ち昇る煙。恐らくあそこに、悪魔が落下したのだろう。立ち昇る煙の中から、真っ赤なマグマが湧き上がる。灼熱の流体が、何かの輪郭を伝うように落ちていく。
 ——見えるのは、輪郭だけ。本体は、見えない。
「悪魔を見るには悪魔の目が要る。悪魔を倒すには悪魔の手が要る」暗号でも呟くように日下部。「悪魔を倒せるのは魔女だけ。だから、あいつらはお呼びじゃない」
 ——あいつら? なんて問いを発する間もなく、地上から、一筋の光が、悪魔に向かって流れた。続けざまに轟音。これは魔女の攻撃じゃない……戦車?
「自衛軍です。でも無駄。人間の武器じゃ傷一つつけられません。まあ、悪魔も、視覚情報を元に動いてるようですから、目くらましくらいにはなるでしょうが」
 日下部の言うとおりなのだろう。大通りに展開した戦車部隊が、悪魔に向け、一斉に砲火を放つ。だけど、不可視の悪魔に、効いているようには思えない。
 軍隊は怪獣に敵わない。怪獣映画の鉄則だ。ここから見ていても、ダメだ。無理だ。早く逃げろ、と叫びたくなる。
 ふと……そんな戦車隊の先頭に、人影が見えた気がした。戦車の上に仁王立ちになり、何か槍のような棒を振り回している。女……だろうか。どうして、あんなところに……?
「な、あそこに変なのがいないか?」
「ああ。沖姫々ですか。気にすることはありません。ただの役立たずな生徒会長です」
 素っ気なく日下部——生徒会長? なんでそれが戦車隊の先頭に?
「それより、いよいよ真打ちのお出ましです」

28. Attack

 その言葉どおり、上空から三つの光がマグマの流出元に向けて急降下する。戦車の攻撃とは違う。光が瞬くたびに悪魔が叫びをあげ、表面のマグマが爆ぜる。だが……。
「悪魔が、歩いてる?」
 黒煙が、マグマが、ゆっくり移動している。見えない何かによってビルが次々に崩れる。
「恐らくは……真実を視認できるのは、魔女だけですが」
 その言葉にはどこか、悔しげな響きがある——嫉妬? 羨望? のような。
 そうこうしている間にも、マグマ滴る透明な「何か」から、容赦なく黒球が魔女たちに襲いかかり、流れ弾が市街地のビルを次々と倒壊させていく。そうした悪魔の熾烈な攻撃に対し、魔女たちの反撃は最低限で、まるで遠慮しているように見えた。
「どうしたんだ……調子でも悪いのか……?」
「悪魔の罠を警戒していますね。天象儀ギリギリまで、探りを入れる気です」
「なんでそんなことを……わかるんだ」
「カルデア司令部の通信、盗聴してますから」
「カルデ——?」って何?
「黄道観測機関カルデア。魔女が属する組織の名前です。伊都夏大学園天文学部から発足した研究機関という名目ですが、実際には、悪魔と戦う戦闘集団ですね」
 ——ッ! 日下部の説明も半ばに、オレは堪らず、その耳からイヤホンを奪っていた。
『おいガーネット! 大丈夫かッ!』
『あ、はい、なんとか。でも——そろそろ、限界です』
 イヤホンから、聞き覚えのある声がした。フォローするように日下部。
「片方はアリデッド。カルデアの司令。ガーネットを通して、魔女に命令します」
『罠の気配は……未だありません』
『畜生! オザキとかいう野郎、デマ流しやがったか……? だいたい、作戦が読まれてるって何だよ。おい、他には何か言ってなかったのか!? それだけじゃわかんねーだろ!!』
 そこでオレは自分のとんでもないマヌケさに気づく。
 オレは肝心な情報を、悪魔が一体ではなく二体だということを伝えていなかったのだ。これでは、ただ現場を混乱させただけ。無駄に戦いを長引かせ、彼女たちの力を逆に消耗させているだけである。
「違うんだ! そうじゃない! 敵はそいつだけじゃない!」
「受信専用。向こうには届きません」
「クソッ!」と、思わず叫んでしまうオレ。対して、日下部の声はどこまでも冷静だ。
『まあいい。どのみちこれ以上は待てねー。攻撃開始だ』
『了解!』という返答とともに、周囲を旋回していた魔女の動きが変わる。マグマの中心に向け、一斉に光の弾丸を放った。
 魔女たちの彗の色と、放つ光は同色。
 赤の光は、機関銃のような、深紅の連射。
 青の光は、光線銃のような、紺碧の一閃。
 黄の光は、大艦砲のような、黄金の拳骨。
 戦車の砲弾の時とは違う。敵は確実に苦しんでいた。
 苦しみにのたうつ悪魔から、マグマが周囲にまき散らされる。
 そして、黄の光——ミラの光が一際、輝きを増した。
 前回と同じ、止めの一撃だ。金色の光に包まれてミラが、自身を弾丸に変え、マグマの中心へと突っ込み——そして、突き抜けた!!
 世界の全てを憎むような、憎悪の叫びが街に響く。
 巨体が倒れたのだろう。付近の建造物が盛大に倒壊した。

29. Another One

『いよっしゃああああ! よくやった! おまえら、よくやった!』
 賞賛の声。だけど違う、違うんだ。まだ終わってない。敵はまだあと一体いる!
「知っていたんですか——?」
 日下部が、別の方向にカメラを向けながら言う。
「さっきのは——囮ですね。あなたは、どこでそれを——?」
 つられてそちらを見れば、反対側に、新たなマグマが見えた。
『っ! ガーネット! まだだ! もう一匹いやがった!』
 舌打ちが、ノイズまじりの盗聴器からもはっきりと届いた。
『ミラは消耗してる! おまえら二人でやってもらうしかねぇ! 畜生ッ!』
 大地を揺らす巨大な足音。耳をつんざく悪魔の絶叫。
 輝きの失せた黄の光を庇うように、赤と青の光が、悪魔を押し止めようと舞う。
 だが二人では、劣勢だ。その歩みを留めることすらできない。
 悪魔は、何かに導かれるように、一路、こちらを目指している。
「狙いはあそこです」と、日下部のカメラのレンズが、オレたちの後ろ——学園の背後にそびえる小高い山を向いた。その頂上に、巨大な建造物があった。
 一見すると、学園の分校とも見えるその建物の屋上には、プラネタリウムと大望遠鏡を足して二で割った、巨大な大砲のような何かが設置されていた。
「天象儀。この世界を支える礎。あそこから発せられるリネアが、この空なきセカイを支えている。もしも悪魔があれを壊したら——セカイが終わります」
「んな」——バカな、という、オレの言葉を先取りするかのように日下部。
「私も、馬鹿げたことだと思います。ですが、少なくとも魔女たちはそれを信じている。そのおかげ——と言うべきか、まだ天象儀は壊れていない。……だから本当にセカイが終わるかは誰も知らない。終わるのはこのセカイだけか、それとも世界全てかも……。
 でも、それも今日まで。私は、ようやく真実に辿り着けそうです」
 マグマの侵攻は止まらない。
 オレたちのいる伊都夏大学園のすぐ近くに、見えない悪魔の足跡が刻まれ、オレのいる屋上も、絶えず地震じみた振動に襲われている。天象儀まで、目と鼻の先。
 虚空から生まれた黒球が、天象儀に向かって放たれる。
 それは、不可視のバリアのようなものに弾かれたようだが……。
「あと一発、もつかどうかでしょう」と、まるで他人事のように解説する日下部。
 いや、むしろ悪魔が天象儀に到達することを期待しているような。
「畜生! どうにかならないのか!」
「無理ですね。黒槌でも駆けつければ、別ですが——」
 だから、そういう固有名詞わかんないってば。
「二十年前、伊都夏市の空から星が消えた大異変——。その時この世界に舞い降りた最初の魔女。ですが彼女はもういません。全ては手遅れです」
「やああああああああ————ッ!!」
 その時、オレは、盗聴器ごしではなく、直にスピカの叫びを聞いた。

30. At last

 赤い光をまとい、オレたちのすぐ上を猛スピードで飛び越えていく。ボロボロの外套をはためかせ、マグマへと肉薄しようとするが、援護が足りない。
 青と黄の光はどこに? まさか、もう墜とされた——?
 満身創痍のまま、悪魔に立ち向かっては、まるで蠅のように黒球に追い払われるスピカ。それでも彼女は諦めない。自らの身を挺して、悪魔の進撃を止めようとしていた。
 そんな決死の努力を、傍らの日下部はどこまでも冷静にフィルムに焼きつけていく。まるで他人事のように。魔女がいくら墜ちようが知ったことじゃないと。
 自分は写真が撮れればそれでもいい、そんな様子だった。ジャーナリストの姿勢としては、それで正しいんだと思う。だけど、この時のオレは、スピカが傷つき、セカイが滅ぼうとしているのに、何もできない自分に苛立っていた。
 思わず、日下部に突っかかっていた。
「おまえは、なんでそんなに冷静なんだ!? このままじゃセカイが終わるんだろう!?」
 恐らく、そんなふうに非難されるのも慣れたものなのだろう。日下部は言う。
「ここで生きれば、人の無力さにも馴れます。
 私は世界の真理を見るんです。セカイの最後の姿を、ファインダーに収めます」
「全部をあいつらに任せて、自分は見物か!? スピカは、あんなに傷ついても戦ってるんだぞ!? あいつらはおまえらを守って戦って——」

「黙れ」

 それはことさら大きな声でもなく、激しい口調でもなかった。ただ、ひたすらに冷たく有無を言わせぬ言葉だった。初めて、日下部が、ファインダーから目を離す。左目は髪に隠れて見えない。だけど、全てを貫き通すような光を宿した右目が、オレを射貫く。日下部の背はけして高くない。むしろ低い方だ。オレは圧倒されたように言葉も出ない。
「私たちにできることがあれば、とっくにやっています」
 告げて、カメラと自分だけの世界に戻る日下部。まるで、オレなどここに存在しないかのように。そして、それが——日下部と交わした最後の会話だった。
「たぁぁぁぁああッ!!」
 凜々しい声とともに、傷だらけの魔女が、もう一度、悪魔に飛びかかる。
 だが——もう、手遅れだった。再び放たれる黒球が、不可視の障壁を撃った。
 青白い雷とともに、膜が消える。悪魔が、天象儀に到達する。
「やっと……やっと、真実を、視られる……ああ……!」
 ファインダーを覗き込んだ日下部が歓喜の声をあげる。
 それは、まるで快楽の絶頂に達したかのような、うわずった叫びだった。

 嗚咽するような悪魔の悲鳴。
 灼熱の涙を流し、天象儀を覗くように——。
 虚空から姿を現すのは——瞳。
 黒い瞳が、深淵を覗いた。

 世界が、瞬いて、消えた。

  1. 第一回
  2. 第二回
  3. 第三回
  4. 第四回
  5. 第五回
  6. 第六回
  7. 第七回
  8. 第八回
  9. 第九回

“大樹連司”先生の描く小説版「スマガ」全3巻も読もう!

ガガガ文庫「スマガ(1)」 ガガガ文庫「スマガ(2)」 ガガガ文庫「スマガ(3)」

ページの先頭へ戻る▲