special:スペシャル

小説版「スマガ」第1巻試し読み

小説版「スマガ」第1巻の冒頭部分をドドンと掲載! ゲーム本編とは少し違った表現で語られる『スマガ』を体験せよ!!
15%体験版すらメンドくさいアナタも、これを読んで『スマガ』『スマガスペシャル』の予習だ!

16. 汚物は消毒だ〜!

 そうして、オレは死んだ。
 はずが……ここは、どこだ?
 気がつくと、何もない白い空間にいた。
 見渡す限り真っ白な空間だ。精神と時の部屋みたい。何もなければ、誰もいない。真っ白なそこには、巨大なテレビ、というかテレビ型の建造物とでも形容したくなるような代物がドーンとそびえていた。他には——他には何もないのか?
 ——なんだよ、ここは。死んだっていうと、天国か?
「天国でち」
 そうか。天国か。……ていうか——。
 ……ちょっとまて。オレ、誰としゃべってる?
 その声に、振り返れば、顔を上げれば、テレビの電源がいつの間にか入っていた。
 丸みを残した年代物の巨大ブラウン管に映ったのは、一人の幼女。三つ編みのおさげに、水色の園児服。黄色の帽子にカバン。これから幼稚園に行ってきますって感じ。
「正確には、その入り口でちが。もうすぐお迎えがくるでち」
 ……誰か教えてくれ。どうして、気がついたら記憶喪失で転落死したあげく、テレビとおしゃべりせねばならんのか。一体、オレが何をしたというのか。
「本当に知りたいでちか? 世の中には知らない方が幸せなこともあるんでち。見たくないものは視えない。聞きたくないものは聴こえない。憶えていたくないものは——」
 しかも幼女は妙に口達者だった。
 オレが昔、とり返しのつかない間違いを犯し、罪の意識に苛まれて、自ら記憶を失ったかのような言いざまである。
「…………」
 いや、そこで黙るな。否定しろ。そんな憐れみの目でオレを見るな。あと鼻もほじるな。
「まあともかく、臭い物には蓋というやつでち」
 ふざけるな。オレは臭い物か。
 蓋をされるのか。肥溜めか。うんこか。
 うんこマンか。
「くはははは! うんこマーン! ぶりぶりうんこ男! ぶりぶりっ! くしゃーい!」
 そんなオレの思考に突如笑いだす幼女。どうもお気に召したらしい。
 賢しらぶったセリフを吐いてはいても、所詮は幼児、下ネタ大好き、という本質は隠せまい……なんて思ったのが幼女の気に障ったらしい。
「あたちは、幼児などではないでち! かみしゃまでち!」
 胸を張ってそう、宣言した。
 は……? 神様? おまえが……?

17. On Air

 いや、でもな。たしかにここは天国っぽいしな。
 上空数千メートルを落下する記憶喪失の一般人がいるなら、幼女の神様がいてもおかしくないかもしれん。実際、オレは、この幼児とテレビごしに話してるしな。しかもテレパシーっぽい何かで。何らかの力を持っているのは間違いなさそう……だが……。
 ……そうすっと、マジか? マジで、こいつは神様なのか? ていうと、なら……。
「……別に信じなくてもいいでちよ。では、そろそろ時間なので、もういくでち。
 トーエン準備完了でち。いってくるでち」
 ハンカチやら何やらをカバンに詰めて幼女が言う。
 いやまて! 行くな! おまえ、神様なんだろ? じゃあ、オレを生き返らせたりできるんじゃないのか? だって、これで終わりじゃ物語としてメチャクチャすぎるよ! オレを復活させてくれて、もう一度、チャンスを与えてくれるんだろう? 
 とにかくサクッとザオリクとかリレイズ・デッドとかかけてくれよ。
 Diは勘弁な、失敗すると灰になるから。
「えー。めんどくしゃいでち」
 そんなこと言わないで! だって気がついたら記憶喪失で、落下して死亡、ですよ? 不条理すぎるでしょう? 不憫すぎでしょ! 理不尽でしょ! こんな甲斐のない生き方、神は認めないですよね? さっすが、神様! 慈悲深い! 生き返らせてくれますよね? それとも、こんな不幸なオレを復活させてくれないってことは、もしかして、できない? そんなことないですよねー?
「誰がそんな挑発に乗るんでちか? もっとたのちく挑発してほちいでち。
 そもそも理不尽な死に方をする人は、うんこマンだけじゃないでちよ? ムササビを撃ってて死ぬ人もいれば、膝くらいの高さから落ちて死ぬ人もいるでち。うんこマンの死に方は十分理屈が通ってるでち。人間の一生は平等ではないのでち。生きるってことは不条理ってことでち。問題は死んだ理由じゃなくて、生き返りたい理由でち。どうして、うんこマンは生き返りたいんでちか? それにどんな意味があるんでちか?」
 いや、死ぬのは誰だって嫌だろう。常識的に考えて。
「そんなの理由にならないでち。
 かみしゃまのあたちは、いろんな死人を見てきまちた。いろんな人を生き返らせまちた。でも、みんな感謝するのは最初だけ。すぐに生き返ったことなんて夢みたいに忘れ、また同じ日常を繰り返すんでち。そして、しがない一生を終えるんでち。
 どうしてそんな人のために、あたちが力を貸すんでちか? 本当に、生き返る意味があるんでちか? それは、かみしゃまも、見ていてたのちい理由でちか?」
 マジなんだか、バカにしてるんだか、わからない質問を投げかけてくる神様。
 生き返る意味。目標の目標。そんなものが今の自分にあるのか? ない。あるわけない。今のオレには記憶がないのだから。
 記憶がない。つまり自分というものがない。達成するべき目標も、守るべき誰かもいないはずだ。だから未練というものがない——と。
 そのはずだった。たしかにそうだ。なのにオレは、まるで小骨が喉につかえたように、どうしても天国に行くというのが納得できなかった。

18. 墜ちた記憶

「だいたいでちね、そんなに生き返りたい生き返りたいといいまちゅけど、本当にいいんでちか? 死んだ時のこと、ちゃんと憶えてまちか?」
 それは神様の力か、それともオレの記憶の暴走か。
 その言葉にうながされ。
 唐突に、最期の瞬間の感覚が。
 地面に激突した時の痛みが。
 甦った。
 死んだ瞬間の感覚が、無限に引き延ばされて、再現された。
 痛いやだイタイ痛い痛いやだやだ痛いイタイイタイ痛い。
 全身がどうなっているのかわからない。感覚だけは研ぎ澄まされて、刺すような千切れるような潰されるような痛みが全身を苛んでいた。目は見えていたけど全てが何だか赤くて、腕が変な方向に曲がっていて、なんか白いの突きだしてて、でも、そんなことを認識する以前に、痛くて痛くて堪らなくて、だけど痛いと叫ぼうとする口はゴボゴボいって血がとめどもなく溢れていた。どうしようもなく息苦しかった。折れた肋骨が肺に突き刺さって、その機能を完全に奪い、オレは地面の上で溺死しようとしていた。痛いやだイだ痛イイタイ痛いやいイタタイ痛だやい痛い。気を失いたい。でも痛くてそれもできない。だから早く死にたい。死なせてくれ、とそれだけを願うオレがいた。
「忘れてまちたか? 死ぬっていうのはこんなに辛いことでち。こんな思い、繰り返してまで生き返りたいでちか? 生き返って、本当にいいんでちか?」
 嫌だ。拒否。否定。否認。ネガティヴ。こんなのは嫌だ。
「ま、そろそろ、お迎えもくるはずでち。こっちの世界も、住み心地は悪くないでちよ」
 生き返ってどうするんだ? また、この痛みを再体験するのか? 嫌だ。絶対嫌だ。身体は原形をなくし、散乱した死体がそこにあった。二人の身体は完全に、ひとかたまり。赤いのやら白いのやらドロロの脳髄やらが混ざって、どっからどこまでが自分かも……。
 ……二人の身体?
 再来する過去の痛みと、死の直前の光景の中。
 ようやくオレは小骨の正体に気づいた。

19. Object

 オレが、生き返らなきゃならない理由。人生、やり直さなきゃならない理由に。
 思いだしてしまえば、なんで忘れていたのか、と思うくらい、自明だった。
 オレは、あの子を、スピカとやらを助けなきゃいけない。
 だっておかしいだろう? よくわかんないけど、彼女はたぶんオレと同い年くらい。なんでそんなコが、なんで世界の全てを背負ってるみたいに、エトワール、だっけ、になって、嫌々戦わなきゃいけないのか。おかしい。絶対におかしい。
 彼女は、最後に、その人生の最期に、オレにキスをしてくれた。
 思いだせ、彼女の言葉を。

 このまま人生終わっちゃってそれでいいの? まだたくさんやりたいことあるでしょ? やってないことばっかりでしょ!? 遊びたいし腹を抱えて笑いたいし幸せになりたいし恋だってしたいし、こんなところで終わりなんてそんなの嫌でしょ!?

 あれは——彼女自身の悲鳴だったのだと思う。あれは、自分のことだったのだと思う。
 やりたいことがある。やってないことばかりだ。遊びたい、笑いたい、幸せになりたい、恋をしたい——そして——こんなところで終わりたくない……。
 彼女はきっと、そう思っている。
 あの子は、きっと、恋愛なんてできるような立場になかった。命を懸けて、戦って、戦って、戦って、戦い続けなければいけなかった。もうその戦いの中で、擦りきれてしまいそうになるくらい戦って、でも、結局、望んでいた幸せは得られなくて——。
 だから最期にキスくらいはって。
 その大切な思い出を。ただ空から墜ちてきただけのオレに、預けて、死んだ。地面に叩きつけられて。あの綺麗な顔も、柔らかい唇も、温かな肌も全部、真っ赤な肉片になっちゃって、終わった。
 そんなの、アリか? それでいいのか?
 決まってる。アリなわけない。いいわけない。
 彼女は幸せになるべきだ。普通の日常を手に入れて、それから好きな人を見つけて、ちゃんとキスして、家庭とか作って、いろいろやって、年をとって、死ぬ前にいろいろ思いだして、ああいい人生だったなって、最期に笑ってから死ぬべきだ。あいつにはそうするだけの権利がある。あの眼を見ればわかる。あいつは、それくらい辛い思いをしてきた。
 だから——。オレは、生き返る。
 人生をやり直して、彼女を幸せにしてみせる!
 だから、お願いだ。オレを生き返らせてくれ!
「いい顔になったでちね。でも、うんこマンに何ができるんでちか? うんこマンはただの人間でち。彼女の代わりに戦ってあげる力はないでちよ? 本当にいいでちか?」
 念を押すように、神様(幼女)が言う。
 その問いの意味がオレにはわかる。オレは特殊能力を持ってるわけじゃない。ごく普通の人間だ。そんな人間が、分不相応な望みを抱けば、待っているのは絶望と挫折、そして敗北だろう。だけど。
 ——このまま人生終わっちゃってそれでいいの?
 だからといって諦めることなんかできなかった。
「それでも生き返りたいと思うなら——あの扉をくぐればいいでち。左でちよ」
 神様(幼女)が指さすそこに、三つの扉が、いつの間にか現れていた。

20. お迎えの時間

「そろそろ、お迎えもきたようでちね」
 神様(幼女)の言葉に導かれるように、遥か後方、虚空に渦が巻いた。悪魔を連想させる闇が、周囲に広がっていく。蒸気のような音が、徐々に近づいてくる。
「いくか、諦めるか、選ぶといいでち。あの痛い痛ーい思いをもう一度してもいいというんなら、あたちはもう、止めないでち」
 再び甦る、最期の瞬間の苦痛。
 痛いやだイだ痛イイタイ痛いやいイタタイ痛だ。
 身体は正直だ。オレがいくら息巻いたところで、あの記憶が全てを拒絶する。もうあんな思いは嫌だ、二度とゴメンだ、と全身の毛穴から冷や汗が噴きだし、がくがくと脚が小刻みに震える。カクンと、膝が、崩れた。
 怖い。怖い。怖い。死ぬのは怖い。痛いのは怖い。
 だけど。
 ガクガクと震えるオレの脚は。それでも、立ち上がろうとしていた。
 ガタガタと震えながら、それでも、立ち向かおうとしていた。
 オレの魂が言っていた。
 怖い。痛いのは怖い。怖いよ。だけど。何もしなかったらヤバイってわかっていて、それでも何もしないで……やっぱりそのとおりになってしまう方が怖い。
 そう言っていた。
 そうだ。そのとおりだ。オレは諦めない。
「立つでちか。恐ろしくないのでちか」
 恐ろしいに決まっている。けどな。それがどうした。人生はバスカーヴィル家の犬だ。恐ろしいのが当たり前なんだよ。
 それにな。オレは、思いだす。彼女の最期の顔を。全てに疲れたような、もうどうでもよくなってしまったような顔を。きっと彼女が今日まで経験してきた絶望に比べれば、オレの痛みなんてたいしたもんじゃない。だから——。
「行ってくるぜ、神様!」
 オレは口に出して叫ぶ。
 オレは走りだす。後ろから迫る黒い闇の音は、どんどん大きくなってる気もするけど全力で無視。この世界の遠近感はなんだかデタラメで、いくら走っても扉の大きさは変わらない。一生近づけないんじゃないか、なんて不安がちらりとよぎる。
 後ろから迫る闇は鋭い歯で噛みついたりはしないし、太い身体で締めつけたりはしない。ただ深く静かに広がって、何もかも呑み込んでいくだけ。一度、その腕に捕らわれれば、待っているのは、苦痛ではなく安らぎだろう。
 だから、本能は従おうとする。闇の中に身を預けようとする。破裂しそうな肺が、もつれそうな脚が、止まってしまえと誘惑する。
 闇は勢いを増し、近づく音は耳を包むほど。そして目指す扉は、遥かに遠い。
 それでも、立ち止まるわけにはいかなかった。
「んなわけあるかアホ!」オレは叫ぶ。「うららららららららららららららららららら!!」
 叫びながら走る。叫ぶことができるなら、オレはまだ存在している。まだ死んじゃいない。走ることができるなら、やり直せる。そして走る理由は確かにある。
 オレは生き返らないといけない。彼女が、あんな終わり方をしていいはずがない。
「マンガみたいに世界を救わなくてもいい! つまらない日常でも構わない!」
 かすれかけた喉から最後の叫びを振り絞る。
「何回バッドエンドを迎えても、オレはリベンジしてやる!」
 オレの身体が加速する。闇を引き離す。目指す扉が一気に大きくなる。
 左の扉を、光の速さで突き破った。
「それで、最後に辿り着くのは——誰にも文句を言わせたりしない——
 ハッピーエンドだッ!!」

  1. 第一回
  2. 第二回
  3. 第三回
  4. 第四回
  5. 第五回
  6. 第六回
  7. 第七回
  8. 第八回
  9. 第九回

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