special:スペシャル

Web特別書き下ろしショートストーリー「走れ、沖!」

第二章

[挿絵]「走れ、沖!」 「なんだと……なんだと……!」
伊都夏大学園のとある棟の奥まったところに、その部屋はある。
生徒会執行部の拠点である純和室である。
その別室で、わなわなと震える沖が手にもっているのは灰色の紙束であった。
一面には「伊都夏大学園校内新聞」と印字されている。
伊都夏大学園の漫画研究部が、新聞部を騙り、毎日発行している、生徒会非公認の出版物であった。
部長・日下部雨火を首魁とする、この反体制分子の巣窟は、日夜、伊都夏大学園内はおろか市全域にて、取材という名のありとあらゆる非合法活動——それこそ盗撮、盗聴は日常茶飯事、脅迫、窃盗、強盗、不法侵入、器物破損、公文書偽造、猥褻物陳列等々、いちいち数えればキリがない——を行っていた。
しかも、それらの成果として発行される「伊都夏大学園校内新聞」は、情報の早さと正確さ、硬軟織り交ぜた多彩な紙面、そして歯に布着せぬ権力批判で伊都夏学園内どころか伊都夏市全域で購読され、その発行部数たるや、生徒会公認の「伊都夏大学園便り」の数百倍という有様である。カルデアと並び、沖の頭痛の種のひとつであった。
が。
いま、沖が怒り心頭に達している理由は、そのこと自体ではない。
その新聞の内容であった。
一面には、学園祭直前特集! と大きな文字。
それはよい。
学園祭は明後日である。
それを報じてもらえるのは、よい。
単純に、動員数の増加が期待できるだけではなく、天蓋によって、このセカイに閉じこめられ、娯楽と言えるものも少ない伊都夏市の住民たちにとっても、よい気晴らしの機会となってくれるだろう。
続く二面、三面からは、学生達による様々な催し物——模擬店から、演劇、小楽団による現代音楽の生演奏——が網羅され、とくに目玉の企画には、企画主催者への取材など行われていた。
それもよい。
もとより防衛上の理由で、伊都夏市中のすべての教育施設を集合させた伊都夏大学園は、マンモス校という言葉では到底足りない、まるで恐竜のごとき広大な敷地を誇っている。当然、催し物の数も、膨大な数にのぼっていた。来場者のよき助けとなることだろう。
正直、生徒会の作成した「学園祭の手引き」より、よほど充実した内容であり、若干の悔しさを覚えるところではあったが、その時点までは、敵ながらあっぱれ、と武人のようなすがすがしさで新聞部、いや、漫画研究会の連中を賞賛する気分でいたのである。
問題は、
「対決、カルデア魔女喫茶VS生徒会メイド喫茶!」
と描かれた小囲みの記事であった。

● ● ● ● ● ●

生徒会執行部は、伊都夏大学園の代表である。
学園祭全体を統括するのみならず、自ら範とならんと、企画も用意した。
それが、

メイド喫茶

であった。
沖は流行がわからぬ。これは先も書いた。
だが都心では、このメイド喫茶なるものが流行っているという。
たとえ、どんなに不条理に見えようとも、流行とは時代精神の顕現。無知蒙昧なる己が認識の中に頑迷に閉じこもるのではなく、和魂洋才の精神で文明開化の夜明けに向けて先駆的に自己を投企してこそ真に道は開かれ、定理と反定理は揚棄されて合定理となり、世界精神が馬に乗って通るのである。
それが、沖の在り方である。沖の存在理由である。沖の実存である。
だから沖は了承した。
自身の美的感覚からすれば、破廉恥きわまりない女中の格好をするのも了解した。
最初に説明を聞いた時にメイドを姪御と勘違いしてしまった、などということはない。
普通に和服姿か女学生姿で、

「おじさま、お茶をお持ちしましたわ」

とか、

「もう、お帰りになるんですの? また、いらしてくださいましね」

とやるぐらいと、たかをくくって企画を承認してしまったせいで、真相を知ってからでは、後には引けなくなった、などということはない。
絶対にない。
天地神明にかけてない。

● ● ● ● ● ●

とにかく、生徒会はメイド喫茶をやる。
沖はメイドになる。
ならねばならい。
なぜなら、沖には敵がいるからであった。
絶対に、勝たねばならない相手がいるからであった。
相手は、魔女である。
断続的に、この伊都夏市にやってくる謎の怪獣——悪魔。
それに対抗できるのは、怪しげな力を使う魔女たちだけであった。
その事実一点だけを持って元魔女・アリデッド率いる黄道観測組織カルデアは、悪魔の情報を独占し、隠蔽し、沖の率いる自衛軍を、蚊帳の外においてしまった。
そうして、元々はたかが学園の一天文部に過ぎぬカルデアは、自らが唯一にして絶対の伊都夏市の守護者であると僭称するのであった。
その傲慢にして不遜なる者どもに、対悪魔戦の主導権を握られながら、沖は今日まで耐えた。
忸怩たる思いであった。屈辱であった。恥辱であった。
それでも沖は耐えた。
耐えがたきを耐えた。忍びがたきを忍んだ。
そして、時は来た。
汚名返上、名誉挽回の機会が、学園祭という日にやってきた。

● ● ● ● ● ●

学園祭の企画である。
魔女は、その級友たちとともに魔女喫茶を企画するという。
沖らと同じく仮装喫茶であった。
同種の企画となれば、互いの優劣は歴然と明らかになる。
そこでは、魔力だなんだというあやしげな力など何の役にも立たぬ。
ただ、企画に携わる者たちの連帯と団結と信頼が全てを決する。
片や、日々を共に過ごし、血よりも濃い絆で結ばれた生徒会執行部。
片や、その傍若無人な態度によって学級内ですら孤立した魔女たち。
その差は歴然であるはずだった。

機会は、しかも、それだけではない。
とある筋より、沖は次回の悪魔襲撃予想時刻および地点を入手したのであった。
なんと、それもまた学園祭当日の正午前後である。
これまで、沖の自衛軍は、悪魔に対して無力であった。
だが襲撃時刻と場所さえわかれば、さにあらず。
すでに軍は対悪魔のための必殺の布陣を整えようとしていた。
明後日こそ自衛軍の力で悪魔が倒される最初の日になるはずだった。

伊都夏大学園の学園祭では、生徒会の執行部のメイド喫茶が、魔女たちの魔女喫茶に完勝し、襲いかかる悪魔もまた、カルデアの魔女ではなく、自衛軍の秘密兵器が撃退する。

これをもって、学内における生徒会の名声はますます盛んとなり、伊都夏市の住民たちも、この街の真の守護者に相応しいのがカルデアではなく自衛軍であると、遅まきながらようやく理解するはずであった。
明後日という日こそは、沖にとって、織田信長における桶狭間、豊臣秀吉における山崎、徳川家康における関ヶ原となるはずであった。
生徒会と自衛軍は、圧倒的な未来が開けるはずであった——。

  1. 第一章
  2. 第二章
  3. 第三章
  4. 第四章
  5. 第五章
  6. 第六章

“大樹連司”先生の描く小説版「スマガ」全3巻も読もう!

ガガガ文庫「スマガ(1)」 ガガガ文庫「スマガ(2)」 ガガガ文庫「スマガ(3)」

ページの先頭へ戻る▲